事件の本質を理解するためには、2001年6月8日午前10時過ぎに発生した犯行の異常性と、事件が教育界に与えた衝撃を整理しておく必要があります。校門が開かれていた隙を突いて侵入した宅間守元死刑囚(2004年9月に死刑執行)は、出刃包丁を手に1階の教室へ次々と乱入しました。
わずか数分間の間に児童8名が命を落とし、15名が負傷。犠牲となった児童は、岩崎真季さんを含む女児7名と男児1名で、いずれも6歳から8歳の低学年でした。犯人は逮捕後も反省の言葉を述べるどころか、被害者や遺族を挑発・冒涜する言動を繰り返し、日本社会に底知れぬ怒りと戦慄をもたらしました。
当時、日本の学校は「地域に開かれた場所」であることが美徳とされ、門扉の施錠や警備員の配置、防犯カメラの設置といった物理的セキュリティはほとんど講じられていませんでした。宅間元死刑囚の理不尽な兇行は、そうした日本社会の性善説に基づいた安全神話を一瞬で粉砕したのです。