事件当夜のタイムラインには、不自然な空白と証言の食い違いが集中しています。遺体発見の第一報を警察に入れたのは、マリリンの精神科医であるラルフ・グリーソン医師でした。通報時刻は8月5日午前4時25分。しかし、家政婦のユーニス・マレーが異変に気づいたのは前夜の午後10時から深夜0時頃とされており、通報までに数時間もの謎のタイムラグが存在します。
警察が駆けつけた際、家政婦のマレーは真夜中であるにもかかわらず洗濯機を回してシーツを洗っていました。この不可解な行動は「現場に残された何らかの証拠隠滅を図っていたのではないか」と捜査官たちの強い疑念を呼びました。さらに、マレーの証言は警察の取り調べ、法廷、後年のドキュメンタリー取材のたびに二転三転しています。
もう一つの決定的な謎は、マリリンがベッドの上で受話器を固く握りしめたままうつ伏せで発見されたことです。彼女が死の直前に通話、あるいは助けを求めようとした相手は誰だったのか。
記録に残る最後の通話相手の一人とされるピーター・ローフォードの証言によると、マリリンはろれつが回らない極めて朦朧とした声で次のような「最後の言葉」を残したといいます。
「パット(ローフォードの妻)にさようならを言って。プレジデント(JFK)にもさようならを。そしてあなた自身にも……あなたは良い人だったわ」
この言葉は永遠の別れを告げる自殺の兆候とも取れますが、自らの命が不当に絶たれようとしていることを悟ったスターの無念のメッセージとも解釈でき、今日なお議論が続いています。