敬語マナーを巡るインターネット上の情報には、ときに根拠の薄い「マナー警察」的な独自ルールが混ざり込んでいます。「心より感謝申し上げますは身内に使う言葉だから社外には失礼」「感謝は対等な関係で使う言葉なので目上に使ってはならない」といった言説がその代表例です。
こうした言説の背景には、感謝という行為が「評価」に近いニュアンスを含むと誤解されているフシがあります。しかし、前述の通り「申し上げる」という謙譲表現を用いている限り、話者が相手の下に立って敬意を捧げる構造が保たれており、日本語の文法上、目上の人に使用して失礼になる根拠はどこにもありません。
ただし、盲点となるのは「社内コミュニケーションにおける心理的距離感」です。同じ部署の直属の上司から日常業務の指示を受けたり、チャットツールで簡単な資料を受け取ったりした際に「心より感謝申し上げます」と返信すると、慇懃無礼(丁寧すぎてかえって距離を感じさせること)に映るリスクがあります。日常的な社内業務のやり取りでは「ご対応いただき、誠にありがとうございます」「助かりました」といった簡潔かつ温かみのある表現のほうが好まれる現場が多いのも事実です。