1992年4月25日の早朝、足立区千住柳町の住宅街。冷たい泥の上に倒れていた男を近隣住民が発見したことで、事態は動き出した。衣服を身につけず、全身にすり傷を負った状態で震えていたその青年こそ、シンガーソングライターの尾崎豊だった。連絡を受けた救急隊によって病院へ搬送され、一度は自宅へと連れ戻されたものの、昼過ぎに容体が急変。意識不明のまま帰らぬ人となった。
現場周辺の住民が目撃した彼の最後の姿は、あまりにも痛々しいものだった。壁に頭を打ちつけたり、奇声を上げたりしていたという目撃談は、当時のワイドショーや週刊誌で連日報道された。警視庁による初期の現場検証では、事件性をうかがわせる直接的な他殺の痕跡は直ちには確認されず、酒に酔った末の行動異常が引き起こした事故として処理される方向性が示された。しかし、あまりの奇異さと現場の状況から、ファンの間ではさまざまな推測が飛び交うこととなった。