合コンの歴史や発祥を振り返ると、現代の華やかなイメージとは正反対の無骨な原点に行き着きます。「コンパ」という風習が日本で最初に定着したのは、明治20年代(1880年代後半)の旧制第一高等学校(現在の一高、東京大学教養学部の前身)などの男子エリート学生の間でした。 当時のエリート書生たちは、寮生活のなかで社会や哲学、国家の未来を夜通し議論する際、酒を酌み交わしながら仲間意識を高めていました。この男臭いバンカラな集会を「コンパニー」と呼んだことが、日本におけるコンパの始まりです。初期のコンパには女性の姿はなく、厳格な男同士の結束儀礼として機能していました。 では、この男性中心の宴席が「合同コンパ」へと舵を切り、いつから男女の出会いの場へと移行したのでしょうか。その転換点は昭和40年代(1960年代後半から1970年代)に訪れます。 高度経済成長期を迎えて大学進学率が急上昇し、女子大生の数が飛躍的に増加しました。従来の男子校的な大学文化が変容する過程で、異なる大学のサークル同士や、男子大と女子大の学生が交流する「インカレ(インターカレッジ)」活動が活発化します。当時の学生運動の退潮とともに、若者の関心が政治的な連帯から個人のライフスタイルや異性交際へとシフトしたことも重なり、昭和の学生たちが他大学と親睦を深める目的で「合同コンパ」を開催するようになりました。 やがて1980年代後半のバブル経済期に入ると、フジテレビをはじめとする民放各局のトレンディドラマや若者向け情報誌がこぞってこのカルチャーを特集します。その過程で「合コン」という親しみやすい2文字の略称が一気に全国区へ普及し、一般社会人の男女にとってもメジャーな恋愛・交際市場のインフラとして完成しました。
合コンは何の略?語源のドイツ語や歴史と街コンとの違いを徹底解剖
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