幻となったアジア初の平和祭典!開戦前夜に消えた招致劇の真実

幻となったアジア初の平和祭典!開戦前夜に消えた招致劇の真実

幻となったアジア初の平和祭典!開戦前夜に消えた招致劇の真実の要点を詳しく解説してご紹介します。

あまり知られていないが、幻となったのは夏の東京大会だけではない。冬季大会として開催されるはずだった1940年札幌オリンピックもまた、まったく同じ運命を辿った。アジア初の冬季五輪として札幌の手稲山や円山地区を中心に施設整備が計画されていたが、東京の返上決定と連動する形で立ち消えとなったのだ。

札幌での準備作業はすでに本格化しており、ジャンプ台の設計やコースの選定が進められていた。地元の期待は絶大であったが、東京返上の決定からわずか数日後、札幌大会の返上も余儀なくされた。これにより、日本における冬季五輪の実現は1972年の札幌大会まで実に30年以上も待たされることとなる。

夏冬同時の返上という事態は、当時の日本が国際社会からいかに孤立し、戦時体制へとまっしぐらに突き進んでいたかを如実に示している。雪原に描かれた幻のコースは、時代の荒波に消えた地域の悲話として残されている。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。