大相撲の長い歴史の中で、最も多くの金星を積み上げた力士は誰なのか。歴代最多記録の頂点に君臨しているのが、元関脇・安芸乃島(現・高田川親方)です。
安芸乃島が打ち立てた通算16個の金星という金字塔は、昭和から平成初期にかけて千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士、貴乃花、曙といった並み居る大横綱たちをなぎ倒して記録されたものです。2位の栃乃洋(12個)、3位タイの高見山や出羽錦(11個)を大きく引き離しており、専門家の間でも「今後絶対に破られない不滅の記録」と称されています。
なぜ安芸乃島の16個という記録はこれほど突出しているのでしょうか。そこには大相撲の番付システムが孕む「実力と地位のパラドックス」が存在します。
金星を量産するためには、2つの矛盾する条件を同時に満たし続けなければなりません。
- 横綱を撃破できる圧倒的な相撲技術とパワーを持っていること
- 大関へ昇進することなく、適度に平幕の上位へ留まり続けること
並外れて強い力士は、横綱を数回倒す過程で白星を稼ぎ、すぐに小結・関脇を経て「大関」へ駆け上がってしまいます。大関に昇進した瞬間に金星の獲得権利は永久に失われます。一方で、実力が足りない平幕力士はそもそも横綱に勝つことができません。
安芸乃島は、横綱を恐怖に陥れる無類の立合いの鋭さと卓越した技能を持ちながら、三役に上がっては跳ね返され、平幕上位に落ちては再び横綱を倒すというサイクルを長年維持しました。当時の特番インタビューや自著で語られた「横綱戦になると全身の血が沸騰した」という勝負師の執念と、番付の絶妙な巡り合わせが生んだ奇跡的な記録なのです。