彼が世に放った楽曲の数々は、それまでの歌謡曲に流れていたお仕着せの道徳や情緒を激しく打ち破るものだった。訳詩家としてキャリアをスタートさせた彼は、フランス文学のエスプリと、自らの生い立ちから得た独自のニヒリズムを歌謡曲の世界に注ぎ込んだのである。
当時の音楽業界は、従来の七五調や古風な義理人情の枠組みに縛られていた。しかし、彼の手掛けた言葉は生々しい人間の欲望や情念をそのまま抉り出し、聴く者の心を強く打つ。昭和歌謡の黄金期を象徴するヒットチャートは、瞬く間に彼の紡ぐ劇的な詞によって塗り替えられていった。