大東亜戦争とは何か?Ghqが隠した真相と太平洋戦争との決定的な違い

大東亜戦争とは何か?Ghqが隠した真相と太平洋戦争との決定的な違い

大東亜戦争とは何か?Ghqが隠した真相と太平洋戦争との決定的な違いの基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でまとめました。

終戦直後、日本社会から「大東亜戦争」の名称が急速に消え去ったのは、自然淘汰ではなくGHQによる極めて緻密な占領政策の行使によるものでした。1945年12月15日、GHQは日本政府に対し「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル覚書」(通称:神道指令 / SCAPIN-445)を通達しました。

この指令の第3条において、「大東亜戦争」「八紘一宇」など、国家主義・軍国主義プロパガンダと密接不可分であると見なされた用語の公用・公文書における使用が全面的に禁止されました。さらに、GHQの民間検閲支隊(CCD)は新聞、雑誌、ラジオ放送、出版物に対して厳格な検閲指針(プレスコード)を適用し、「大東亜戦争」という記述を発見した場合は「太平洋戦争」へと強制的に書き換えさせました。

GHQがこの言葉を危険視した最大の理由は、「欧米白人勢力による過酷な植民地支配からアジアの諸民族を解放するための聖戦」という戦争肯定論の論理的柱を解体するためでした。連合国側は、日本国民に対して「一部の軍国主義指導者が独断で国民を欺き、不法な侵略戦争へと引きずり込んだ」というナラティブ(いわゆるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム:WGIP)を浸透させる必要があり、大東亜戦争という言葉の封印はその中核に位置づけられていたのです。

1952年4月のサンフランシスコ平和条約発効に伴い占領期が終わると、法的な禁止措置は失効しました。しかし、7年間にわたる徹底した言論管理と、戦後の教育行政において「太平洋戦争」が公式採用され続けた結果、現在に至る呼称の定着と心理的タブー感が形成されました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。