会津武家屋敷の中心をなす「家老屋敷」は、会津藩筆頭家老・西郷頼母の邸宅(敷地2,400坪、建坪280坪、部屋数38室)を忠実に復元したものです。壮麗な書院造りの館内を歩く来訪者の足を止めさせるのが、奥座敷に再現されたあまりにも凄絶な場面――幕末の戊辰戦争(会津戦争・1868年)における西郷一族の自刃シーンです。
新政府軍が城下に突入した1868年8月23日早朝、頼母が登城して防戦の指揮を執る中、屋敷に残された妻・千重子(当時34歳)と家族は重大な決断を下します。戦火の混乱で足手まといになり、敵に辱めを受けることを防ぐため、千重子を筆頭に母、妹たち、そして幼い娘たちを含む一族21人が自ら命を絶ちました。
千重子の辞世の句「なよ竹の 風にまかする 身にしあれど たわまぬ節は ありとこそ聞け」は、風に揺れながらも決して折れない竹のように、会津女性の強固な誇りと覚悟を今に伝えています。
屋敷内では、息絶えようとする頼母の長女・細布子(たえこ・16歳)のもとに新政府軍の土佐藩士・中島登之助が踏み込み、介錯を頼まれて涙ながらに首を討った逸話が、息をのむほど精巧な蝋人形展示で再現されています。会津武士道の精神と戦争がもたらした哀しみを肌で感じる空間です。