バンクーバー五輪での「反省してま〜す」という発言は、当時の日本社会において猛烈な反発を買った。全日本スキー連盟との摩擦、連日テレビのワイドショーで繰り広げられたバッシング。当時20代前半だった一人の若者に、国家の代表としての過度な規範が求められた結果の過熱報道だった。
しかし、本場北米のシーンにおいて、彼の評価は全く異なるベクトルで高まっていた。形骸化したルールよりも、どれだけ自分自身のスタイルを貫き、雪山で難度の高いラインを刻めるか。世間からの猛烈な逆風を背に受ける中で、彼は競技大会というフレームワークそのものから距離を置き、自身のアイデンティティを懸けた真の滑りを追求する道を選んだ。