1970年代の市民運動時代から、旧民主党の立ち上げ、そして後年の立憲民主党に至るまで、二人は常に二人三脚で戦ってきた。菅直人氏が無名の新人候補として地盤・看板・鞄もない状態から政界へ挑んだ際、最前線で街頭に立ち、泥臭い選挙戦を仕切ったのは伸子氏その人だった。
東日本大震災という未曾有の危機に直面した菅内閣時代、官邸の内外で交わされた夫婦の対話は、まさに国家の命運を分ける緊迫感に満ちていた。妥協を許さない彼女の存在が、直人氏の政治決断をどれほど後押しし、あるいは留まらせたか。民主党政治の激動期において、彼女はまさに影の軍師であり、最も苛烈な批評家であり続けた。