結婚から約8年が経過した2014年、つんく♂氏を突如として襲ったのが喉頭がんでした。一度は寛解を発表したものの、同秋に再発が判明。医師から提示された選択肢は、ミュージシャンとしての命である「声帯を摘出して生きるか」、それとも「声を残して病巣の進行に賭けるか」という残酷な二者択一でした。
音楽家として歌声を失い、自らの肉声で家族と会話することもできなくなる現実に直面し、つんく♂氏は暗闇のなかで激しく葛藤しました。その絶望の淵で、力強く背中を押したのが妻・加奈子さんでした。
「声がなくなっても、生きていてくれればそれだけでいい。家族みんなで支えるから、命を選んでほしい」。加奈子さんは涙ながらに、しかし一切のブレのない決意を持って夫に伝えました。この言葉につんく♂氏は救われ、生き抜くために声帯全摘出手術を受ける覚悟を決めたと、自著『だから、生きる。』をはじめとする手記で述懐しています。
2015年4月、母校である近畿大学の入学式で声を失った事実を公表した際、社会に大きな衝撃を与えました。しかしその舞台裏では、退院直後の筆談生活から食道発声法の練習に至るまで、加奈子さんが毎日の生活介助と精神的ケアを担っていました。双子の長男・長女と次女を含む家族が一丸となり、父の新しいコミュニケーションスタイルを受け入れる環境を整えた立役者は、間違いなく加奈子さんでした。