昭和40年代から50年代の最盛期には、大阪、京都、兵庫を中心に180店舗近くが存在した力餅食堂。しかし、2000年代以降は閉店が相次ぎ、現存する店舗は大きく減少しています。この現象の裏には、フランチャイズチェーンとは根本的に異なる「のれん分けの仕組み」が存在します。
力餅食堂ののれん分けは、単なるライセンス契約ではありませんでした。かつては「親戚筋であること」や「直営店・先輩店舗で8年〜10年以上の修行(奉公)を務め上げること」が絶対条件とされ、技術と信頼を認められた職人だけが独立を許される厳格な徒弟制度でした。中央に本部を置いてロイヤリティを吸い上げるフランチャイズとは異なり、独立後は各店主が完全な独立採算で経営を行う仕組みです。
この強固な職人ネットワークが昭和の高度経済成長期には強みとなったものの、平成から令和にかけて大きな障壁となりました。店主の高齢化、厳しい修行を敬遠する後継者不足、そして昭和レトロな木造店舗の老朽化が重なり、店主のリタイアとともに暖簾を下ろす店舗が急増したのです。