竹田恒泰氏が公の場で掲げる「明治天皇の玄孫」という表現は、系図学的に完全に正確な事実です。ただし、その血縁関係がどのように繋がっているのかを正確に理解している人は多くありません。
竹田氏の曽祖父にあたる竹田宮恒久王(つねひさおう)は、明治41年(1908年)に明治天皇の第6皇女である昌子内親王(まさこないしんのう)と婚姻しました。この婚姻関係により、竹田宮家には明治天皇の直系の血が注ぎ込まれることになりました。世代を追うと、以下の系譜となります。
- 第1世代(高祖父母):明治天皇 & 園基祥の次女・園祥子
- 第2世代(曾祖父母):昌子内親王 & 竹田宮恒久王(北白川宮能久親王の第1王子)
- 第3世代(祖父母):竹田宮恒徳王(つねよしおう) & 三条西恒光の次女・光子
- 第4世代(両親):竹田恆和氏(元JOC会長・恒徳王の三男) & 一般女性
- 第5世代:竹田恒泰氏(1975年生まれ)
このように、明治天皇から数えて「子(昌子内親王)→ 孫(恒徳王)→ 曾孫(恆和氏)→ 玄孫(恒泰氏)」となり、4世代後の子孫=玄孫であることが明確に証明されます。父親である竹田恆和氏は日本オリンピック委員会(JOC)の会長を長年務め、東京2020オリンピック招致に尽力した人物としても広く知られています。