現在の富田林市教団本部周辺を訪れると、かつての熱気は跡形もなく消え去っています。広大な敷地にそびえ立つ白亜の大平和祈念塔の下には人影がまばらで、かつて毎朝晩に信者たちが集った大本庁の周囲は静まり返っています。
地元住民は当時の様子と現在の落差を次のように証言します。
「昭和の終わり頃は、毎月1日の教祖祭や行事のたびに全国から大型バスが何十台も押し寄せ、駅前は信者さんで埋め尽くされていました。飲食店や商店街もPL特需で潤っていた。しかし今は、行事の日であっても人の往来はほとんど見られず、歩いているのも高齢者ばかり。街自体の空気がガラリと変わってしまいました」
また、インターネット上のコミュニティやSNS、知恵袋などでは、元信者や信者家族による率直な心情が吐露されています。
「祖父母の代から熱心なPL信者で、夏になれば富田林に集まるのが我が家の伝統でした。しかし三代教祖がお亡くなりになり、教団幹部が揉めているニュースを見て親もすっかり熱が冷めてしまった。今では実家の仏壇横にあった教団の祭壇も片付けられ、送られてくる機関紙も購読を止めました」(元二世信者・40代男性)
「PL学園の野球部を応援することが信者としての誇りであり、全国の信者がテレビの前で手を合わせて祈っていました。甲子園での活躍が信徒の結束を生んでいたのに、その野球部がなくなり、教団から心が離れていくのは当然の流れでした」(70代元信者女性)