ネット上の掲示板やSNSでは時折、「赤い鳥のメンバーは激しく対立して口も利かないまま解散した」といったネガティブな噂が囁かれることがあります。しかし、当時の音楽雑誌のインタビューや関係者の手記を精査すると、この見方は事実と異なります。
メンバー自身が後の特別番組や回顧録で語っている通り、赤い鳥の解散は「お互いのクリエイティビティを最大限に尊重するためのプロフェッショナルな決断」でした。無理にグループを維持して妥協した音楽を作るのではなく、それぞれの信じる美学を追求するために別々の看板を掲げたのです。
解散後も互いの音楽活動を認め合い、日本のポピュラー音楽界において独自の足跡を残したという点において、この分裂劇は「創造的発展」と呼ぶにふさわしい歴史の転換点でした。