2NE1が2016年11月25日に電撃解散を発表した当時、所属事務所のYGエンターテインメント公式発表では「2016年5月にミンジが専属契約を満了して脱退した後、残るメンバーと協議を重ねた結果、グループ活動の継続は困難と判断した」と説明されました。しかし、この公式見解とメンバー本人が肌で感じていた現実との間には、あまりにも大きな乖離が存在していました。
リーダーのCLが後年、海外メディアのロングインタビューで明かした証言は音楽業界を震撼させました。インタビュアーから「解散の事実をメディアの報道で知ったというのは本当か」と問われた際、CLは「率直に言って、その通りです」と認めたのです。当時、感謝祭のディナー中にスマートフォンの通知で突如グループの終焉を知らされたという事実は、YG社内の意思決定プロセスにおいてメンバーの意志や感情が著しく軽視されていた実態を浮き彫りにしました。
背景にあったのは、2014年に報じられたパク・ボムの米国処方薬持込問題(後述)によるグループ活動の長期停滞です。最年少のコン・ミンジは2年近くにわたりソロ活動もグループ活動も約束されないまま放置され、精神的な孤立を深めていました。ミンジが自著や手記、インタビューで語った「16歳でデビューし、思春期を競争と批判に晒されながら過ごした。空白期に誰の手も借りられず、脱退しか道がなかった」という告白は、当時のマネジメントが抱えていた機能不全を雄弁に物語っています。