歴史の授業で頻出する「ABCD包囲網」ですが、その成り立ちと各国の位置づけを正確に整理できている人は多くありません。まずは基本構造をシンプルに紐解きます。
ABCD包囲網の参加国は、日本を取り囲んでいた4つの主要勢力の頭文字を並べたものです。受験生の間では「アメリカ(A)・イギリス(B)・中国(C)・オランダ(D)」と国名の頭文字で覚えるのが定石となっています。
・A(America / 米国):最大の工業力と資源を持ち、太平洋の覇権と中国市場の門戸開放を重視。
・B(Britain / 英国):シンガポールや香港、マレー半島など広大なアジア植民地を抱え、欧州本国でのナチス・ドイツ戦に手一杯だった防衛側。
・C(China / 中華民国・蒋介石政権):日中戦争で日本の侵略に徹底抗戦を続け、米英からの補給ルート(援蒋ルート)の維持を渇望。
・D(Dutch / オランダ):本国はドイツに占領され亡命政府状態。現在のインドネシアにあたるオランダ領東インド(蘭印)の豊富な石油資源を防衛することが至上命題。
これら4カ国を結ぶ対日包囲の境界線は「ABCDライン」とも呼ばれました。当時の日本国民に対しては「白人帝国主義国と中国が手を組み、資源のない日本を餓死させようとしている」という構図で盛んに宣伝されました。しかし外交文書を精査すると、4カ国が最初から協調して日本を軍事攻撃しようとしていたわけではありません。むしろ欧州戦線で危機に瀕していた英蘭は日本との全面戦争を極力避けたがっており、米国のルーズベルト政権も大西洋での対独参戦を優先したい本音を抱えていました。その思惑の差異を見誤り、自ら4カ国を一括りの「敵」として結束させてしまった点に、当時の日本の外交的悲劇の第一歩がありました。