後年のインタビューや関係者の証言を丹念に追うと、二人の間に存在したのは憎しみではなく、むしろ当時の強烈な仲間意識とリスペクトでした。岩城滉一は後年のメディア出演時にも、キャロル時代や矢沢永吉のバイタリティについて振り返り、そのストイックな姿勢を高く評価する発言を残しています。
当時のエピソードとして印象的なのは、矢沢が音楽に対して見せていた鬼気迫るプロ意識です。「絶対に成り上がる」という矢沢の剥き出しの野心と、クールスが見せていた筋を通す美学。岩城は矢沢の才能を肌で感じていたからこそ、親衛隊という枠に甘んじることなく、自分自身の足で芸能界のトップへと駆け上がる決意を固めたと語られています。
言葉を交わさずとも互いの立ち位置を理解し合う、いわば「男の距離感」。馴れ合いを好まない昭和の一流同士だからこそ保ち続けた、緊張感のある関係性だったと言えるでしょう。