尾畠さんの経歴は、決して平坦なものではありませんでした。貧しい家庭に生まれ、幼少期に母を亡くした後は奉公に出されるなど、過酷な少年時代を過ごしています。その後、鳶職などを経て魚の目利きを学び、40歳の時に大分県別府市で「尾畠鮮魚店」を開業しました。
威勢の良い接客と新鮮な魚で地元客から深く愛された尾畠鮮魚店ですが、尾畠さんはかねてから「人生の後半は社会への恩返しに捧げる」と決意しており、65歳の誕生日に惜しまれつつ閉店。店を完全に畳んだその日から、本格的なボランティア活動と登山活動へ身を投じました。
家族思いである一方、危険を伴う現場への出動も多い尾畠さんを、妻をはじめとする家族は長年陰ながら見守ってきました。家庭の理解と支えがあったからこそ、何十年にもわたるストイックな奉仕活動が可能となったといえます。