ミスチル桜井の歌唱力と声は、日本のポップス史において特筆すべき進化を遂げてきました。1990年代の『innocent world』や『Tomorrow never knows』に見られる、切迫感と疾走感に満ちたハイトーンボイスは、時代を象徴する叫びとして日本人の心に刻み込まれました。
しかし、そのキャリアは平坦なものではありませんでした。最大の試練となったのが、2002年7月に発症した小脳梗塞です。当時32歳だった桜井は突然の体調不良に見舞われ、緊急入院を余儀なくされました。予定されていたアリーナツアーは全公演中止。一時は音楽活動の継続すら危ぶまれる事態となりました。
しかし、幸いにも早期発見と治療が功を奏し、後遺症を残すことなく奇跡的な回復を遂げます。病気療養とリハビリを経て、同年12月の一夜限りの横浜アリーナ公演で復帰。その復帰シングルとなったのが、死生観と他者への無償の愛を歌い上げた名曲『HERO』でした。この闘病経験が、桜井の死生観やボーカル表現に計り知れない深みをもたらす転換点となったのは間違いありません。
近年では、年齢に伴う声質の変化を受け入れながら、ミックスボイスの最適化や体幹トレーニング、専属トレーナーによる綿密なボイストレーニングを導入しています。2024年から2026年にかけてのアリーナツアーでも、3時間を超える激しいステージをブレることなく歌い切る圧倒的な持久力を発揮。若き日の激情的なハイトーンから、包容力と説得力に満ちた豊かな中低音へとシフトし、ボーカリストとして円熟の極みに達しています。