本作のクライマックスにおいて、読者の胸を最も強く締め付けるのが、稜英の唐突な死と彼が遺した研究ノートをめぐる結末です。コラッツ予想の完全証明に到達したと確信させた矢先、稜英はこの世を去り、残された脇坂は遺稿の検証という過酷な試練に直面します。
ノートを精査した脇坂が辿り着いたのは、完全無欠と思われた証明の中に潜む「致命的な論理の飛躍」でした。世間が稜英を「世紀の難問を解き明かした夭折の天才」として神格化しようとする中、脇坂だけがその証明の不完全性に気づいてしまうのです。
ここで脇坂が下した決断こそが、本作最大の白眉と言えます。彼は友の名声を保つための隠蔽を選ぶのではなく、数学の真理に対する誠実さを貫き、その穴を自らの手で埋め、証明を真の完成へと導く道を選び取りました。天才が遺した未完の光を、凡人が泥を這うような執念で「永遠の真理」へと昇華させる幕切れは、読者の涙を誘うとともに、知を継承することの本質的な美しさを物語っています。