鳩森八幡神社の境内において、将棋堂と並ぶ圧倒的な求心力を持つのが、東京都指定有形民俗文化財に指定されている「千駄ヶ谷の富士塚」です。築造されたのは江戸中期の寛政元年(1789年)。都内に現存する富士塚の中で最古の遺構であり、230年以上の時を超えて当時の姿をそのまま留めています。
富士信仰が庶民の間で爆発的な隆盛を極めた江戸時代、富士山への登拝は一生に一度の悲願でありながら、過酷な旅路と費用ゆえに誰もが容易に叶えられるものではありませんでした。そこで「この塚に登れば、本物の富士山に登頂したのと全く同じ功徳が得られる」として築かれたのが富士塚です。鳩森八幡神社の富士塚は、本物の富士山から運ばれた溶岩(黒ぼく)で覆われ、山裾には浅間神社の里宮、一合目から十合目を示す石標、烏帽子岩、御中道、そして山頂の奥宮に至るまで、富士登山の厳格な構造がミニチュアとして精緻に再現されています。
神社の歴史そのものも極めて古く、社伝によると貞観2年(860年)、慈覚大師(円仁)がこの地を巡錫した際、林の中に瑞雲が立ち込め、白鳩が西へ飛び去ったという吉兆を目撃したことが創祀の起源と伝わります。大木に囲まれた境内の地形は、新宿御苑から神宮外苑へと連なる武蔵野台地の瑞々しい気脈を宿しており、風水や地相の観点からもエネルギーが集留する「龍穴」の性質を帯びていると専門家の間でも評されています。
また、境内の一角に風格を漂わせる「能楽殿」の存在も見逃せません。昭和期に復元された本格的な舞台構造を持ち、定期的に薪能や伝統芸能の奉納が行われています。勝負の熱気、富士信仰の祈り、そして幽玄の美を宿す能楽の空間が渾然一体となっている点こそが、鳩森八幡神社が東京屈指の重厚なパワースポットであり続ける所以です。