ネット上の旅行レビューやSNSにおいて、一部で「白河小峰城は再建された新しい城だから見応えがない」「天守閣がないから地味」といった誤った言説が見受けられることがあります。しかし、これらは歴史的構造と復元基準に対する重大な誤解に基づいています。
まず第一に、白河小峰城には江戸時代当時から「天守」と呼ばれる建物は存在せず、三重櫓が実質的な天守として機能していたという事実です。本丸の一角にそびえる白河小峰城三重櫓は、当時の幕府への配慮などから「櫓」と呼称されていたに過ぎず、実態は堅固な防御拠点にして威厳を備えた主塔でした。
第二に、「木造復元=ただの真新しいレプリカ」という見方は完全に的外れです。1994年に復元された前御門とともに、白河市が膨大な古文書調査と発掘調査を積み重ね、1ミリ単位で江戸時代後期の寸法を割り出した成果物です。コンクリート建築と異なり、年月が経過するほどに木の風合いが増し、築30年以上を経た現在では本物の古建築と見紛うほどの風格を醸し出しています。
さらに、大震災からの白河小峰城石垣修復についても、「崩れた石を適当に積み直した」と誤解されることがありますが、前述の通り石の一つひとつを特定して旧位置に戻す考古学的・土木工学的な偉業でした。崩壊前の姿と寸分違わぬ美しい野面積み・打込接ぎの石垣が目の前に現存していること自体が、現代の奇跡と呼べるものです。