日本地図を作った人は誰?伊能忠敬だけじゃない驚きの歴史と真相

日本地図を作った人は誰?伊能忠敬だけじゃない驚きの歴史と真相

日本地図を作った人は誰?伊能忠敬だけじゃない驚きの歴史と真相の真相について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。

「日本地図=伊能忠敬」という認識は広く定着していますが、忠敬は“日本で初めて地図を作った人”ではありません。忠敬の偉業は「実測による超高精度な日本全図を初めて完成させた」点にあります。それ以前にも、各時代の権力者や学者によって日本地図は作られていました。

日本地図の進化を理解するために、まずは主要な変遷をまとめた年表を確認してみましょう。

【日本地図の歴史年表】
・奈良時代(8世紀):僧・行基が日本最古とされる「行基図」を作成
・安土桃山時代〜江戸初期:豊臣秀吉の「太閤検地」や徳川幕府による「国絵図」事業
・1779年(安永8年):水戸藩士・長久保赤水が『改正日本輿地路程全図』を刊行(初の一般普及版・経緯線入り地図)
・1800年(寛政12年):伊能忠敬が蝦夷地測量へ出発(第1次測量)
・1821年(文政4年):忠敬の遺志を継いだ弟子たちにより『大日本沿海輿地全図』完成

日本最初の地図を作った人物として伝承されているのが、東大寺大仏造立でも知られる奈良時代の高僧・行基です。「行基図」と呼ばれる地図は、日本を丸い島々に見立て、国と国をつなぐ街道をシンプルに結んだ概念図でした。正確な縮尺ではないものの、国の輪郭を把握する基本フォーマットとして江戸時代初期まで1000年近く使われ続けました。

さらに江戸時代中期には、地理学者・長久保赤水が『改正日本輿地路程全図(赤水図)』を発表します。長久保赤水は諸国の情報を集積し、日本で初めて経緯線(緯度・経度)を入れた地図を商業出版しました。この赤水図は折りたたみ式で携帯しやすく、幕末の志士や旅人たちのバイブルとして爆発的なヒットを記録しています。

森 瞳
著者

森 瞳

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