女人禁制という習俗は、ある特定の権力者が恣意的に定めたものではなく、重層的な宗教的背景のもとで時間をかけて定着していきました。その起源を紐解くと、主に「古代インド発祥の仏教戒律」と「日本固有の神道・アニミズム信仰」という2つの大きな潮流が交錯しています。
第1の要因は、仏教における僧侶の修行規律です。出家者は俗世の欲望を断ち切り、悟りを開くための「梵行(ぼんぎょう=清浄な独身生活)」を誓います。修行の場に異性が立ち入ることで修行者の心が乱れることを防ぐ目的から、物理的な境界線である「女人結界」が山麓に設けられました。当時は女性そのものを劣等とみなしたというよりも、性愛の対象を視界から完全に遮断するための修道院的隔離措置としての意味合いが濃厚でした。
第2の要因は、神道における「穢れ(けがれ)」の概念です。古代日本において、生命の根源である「血」は神聖視されると同時に、死や疫病を連想させる畏怖の対象でもありました。月経や出産に伴う出血が「産穢(さんえ)」として忌避され、神々が鎮座する清浄な神域から一時的に遠ざけられる慣習が定着していったのです。
平安時代以降、修験道と神仏習合が深化するにつれて、山岳そのものが神仏の宿る「胎蔵界・金剛界曼荼羅」とみなされるようになり、山麓の結界地より奥へ女性が立ち入ることを禁じる体系的な女人禁制の歴史が確立されていきました。