幕末から明治へと時代が激変する中、同じく超大物として君臨した勝海舟との関係も味わい深い。福沢諭吉は、旧幕臣でありながら明治政府で要職に就いた勝海舟を「節操がない」と激しく批判し、怒りの文書『痩我慢説』を本人に送りつけた。
ところが、勝海舟の返答がまたシュールだった。「行蔵は我にあり、毀誉は他人の主張(自分の行動は自分が決めること。評価は他人が勝手にすればいい)」と、あっさり受け流したのだ。本気で激怒して詰め寄る諭吉と、のれんに手押しで軽くかわす勝。明治の二大巨頭によるこの噛み合わない応酬は、どこかコミカルで皮肉の効いた歴史のドラマである。