教団時代に「アーチャリー」のホーリーネームで呼ばれ、幼少期から正大師として教団トップクラスの権威を持たされていたのが松本智津夫の三女である松本麗華氏です。当時わずか11歳前後で教団幹部の上に立つ存在としてメディアに露出していた姿を記憶している人も少なくありません。
事件後、彼女は進学差別や就職拒否など過酷な現実に直面しました。大学への入学許可を取り消されるなどの不当な扱いに対して訴訟を起こし、勝訴を勝ち取った経緯もあります。現在、松本麗華氏はブログや本名での発信活動を行い、心理カウンセラーを目指す姿勢や、父親の実像、裁判手続きへの疑問などを公に語っています。
彼女は一貫してオウム後継団体への関与を否定しており、自身の著書『止まった時計』ならぬ『あの日から 私自身を生きるまでの物語』などを通じて、教団内で育った過酷な生い立ちと自身のアイデンティティの葛藤を世に問い続けています。