2008年北京五輪で男子4×100mリレーのアンカーとして歴史的なメダルを獲得した直後、末續慎吾は表舞台から忽然と姿を消しました。公式戦への出場が完全に途絶えたため、当時のインターネット掲示板やメディア上では「末續慎吾は引退したのか」「重病説」といった憶測が飛び交いました。
報道各社の取材や本人の告白によって明らかになった休養理由の真相は、極度のオーバートレーニング症候群およびバーンアウト(燃え尽き症候群)でした。
世界陸上でのメダル獲得以降、末續は「日本人でも黒人選手に勝てる」という重責を一身に背負い続けました。その重圧は自律神経を極限まで摩耗させ、北京五輪終了時には「走ろうとすると足がすくむ」「グラウンドに行くだけで吐き気がする」という心理的・肉体的限界に達していたのです。
公の場から離れた約3年間、彼は一切スパイクを履かず、散歩や日常生活の中で失われた身体感覚を取り戻すことに専念しました。世間が「引退」と決めつける中、彼自身は引退宣言を一度も出しませんでした。それは「走ることをやめる」と宣言すること自体が、陸上への未練や執着を証明してしまうからであり、身体が自然と再び走りたがる日をじっと待つための沈黙だったのです。