事件から18年が経過した2015年、事件の傷口を再び抉り出す決定的な出来事が発生しました。少年院を出て社会に出ていた元少年Aが、手記『絶歌』(太田出版)を独断で商業出版したことです。
この出版に際し、少年Aは被害者である土師淳くん(当時11歳)や山下彩花ちゃん(当時10歳)の遺族に対して事前の了解はおろか、事後報告の連絡すら入れませんでした。さらに驚くべきことに、この出版計画は実の母親や家族に対しても完全に極秘で進められていたのです。
報道関係者の取材によると、出版の事実をニュースで初めて知った母親は激しい動揺を見せ、「なぜあの子は、自分たちの犯した罪の重さをこれほどまでに理解できていないのか」と絶望の涙を流したと伝えられています。母親自身、1999年の手記出版時には激しい社会的批判を浴びながらも、その収益の全額を被害者弁済のための信託口座に供出していました。しかし、少年Aが単独で行った『絶歌』の出版とそれに伴うウェブサイトの開設は、自己の犯行を美化・神秘化するナルシシズムに満ちており、遺族の尊厳を再度踏みにじる暴挙でした。
民事裁判で確定した約2億円にのぼる損害賠償金は、父親の給与差押えや手記の収益金から一部が支払われていたものの、少年A自身による誠意ある弁済は極めて不十分なまま推移しています。被害者遺族の土師守さんは、命日や節目ごとの手記公表を通じて「加害者が本当に更生したとは到底思えない」と語り続けています。母親からの形式的な謝罪文は過去に弁護士を通じて送付されたことがあるものの、真の意味での直接謝罪や償いは、事件から四半世紀以上が過ぎた今も何一つ果たされていません。