順風満帆に見える安村のキャリアですが、その半生は挫折と泥臭い再起の連続でした。北海道旭川市に生まれた安村は、名門・旭川実業高校の野球部に所属。厳しい練習に耐え抜き、1999年夏の第81回全国高等学校野球選手権大会(甲子園)に出場し、背番号13の主将代理としてチームのベスト8進出を支えたガチの高校球児という異色の経歴を持ちます。この時代に培われた強靭なメンタリティと礼儀正しさは、後の過酷な芸能生活の土台となりました。
高校卒業後に吉本興業の養成所(NSC東京校)へ入り、2000年に幼馴染とのお笑いコンビ「アームストロング」を結成。実力派コント師として数々の賞レースで結果を残し、東京の若手劇場を牽引する存在となりましたが、2014年に突如解散を発表します。当時のアームストロング解散理由について、安村は後に「お互いの将来像の違いやネタ作りの方向性のズレ、コンビ仲の冷え込みが修復不可能になっていた」と明かしています。
ピン芸人となった翌2015年、「安心してください、はいてますよ」で空前の大ブレイクを果たし、同年の流行語大賞トップテンを受賞。しかし栄光は長く続かず、2016年に週刊誌で不倫スキャンダルを報じられ、CMやレギュラー番組をすべて失うどん底へと転落します。世間からの猛烈なバッシングを受け、テレビ出演は激減しました。
しかし、ここからの復帰の経緯と理由が安村という芸人の真骨頂でした。劇場の最前線で地道に泥臭い営業を続け、バラエティ番組ではどれだけ過酷なイジりを受けても笑顔で全力投球する姿勢を貫徹。決してプライドを誇示せず、愚直にお笑いと向き合い続けた姿が、業界関係者や共演芸人たちの信頼を徐々に回復させていきました。