1980年代から90年代にかけて、プロの厳しい世界を戦い抜いた山田和利氏。中日ドラゴンズのユニフォームを纏い、内野も外野もこなす万能プレイヤーとして重宝された。1991年にトレードで広島東洋カープへ移籍すると、そのアグレッシブな打撃で主力の一角へと昇りつめる。打率3割を超える活躍を見せ、チームの勝利に幾度も貢献した。
怪我との戦いも凄絶だった。故障に見舞われても決して弱音を吐かず、リハビリに耐えて一軍のグラウンドへ戻ってきた姿は、当時のチームメイトやコーチ陣の間でも伝説として語り継がれている。引退後もコーチとして指導陣に留まり、後進の育成に情熱を注いだ。泥にまみれてボールを追う姿勢こそが、彼の真骨頂だった。