ネット上の情報やフィクションで流布されている九龍城砦の描写には、いくつかの明確な誤解が存在します。
誤解1:住民の全員が不法占拠者で税金を一切払っていなかった?
実態として、土地の所有権自体は複雑な歴史的経緯から曖昧でしたが、内部の部屋は「売買契約書」のような私的書類を用いて高額で取引されていました。また、郵便物は「香港政庁の郵便局」から砦専門の配達員によって各戸へ正確に届けられており、行政サービスから完全に孤立していたわけではありません。
誤解2:犯罪が頻発し、一般人は一歩も立ち入れない危険地帯だった?
解体直前の1980年代後半は、外部から観光客や取材クルーが日常的に訪れるほど平穏な地域となっていました。住民同士の顔の見える関係性が極めて強固だったため、外部のコソ泥や凶悪犯がかえって寄り付けない「自然発生的な防犯効果」が機能していたと、当時の治安関係者も証言しています。
【プロの結論】都市社会学から見出すべき教訓と現代への示唆
九龍城砦の歴史を都市社会学の観点から分析すると、単なる「スラム街の解体劇」にとどまらない深い教訓が読み取れます。それは、「トップダウンの都市計画が排除しがちな、インフォーマルな相互扶助とコミュニティの自律性」の価値です。
近代的な公営住宅に移住した元住民たちの多くは、水洗トイレや日当たりの良い個室という物質的な豊かさを手に入れた一方で、「隣近所との密接な絆が失われ、孤立感を深めた」と吐露しています。プライバシーの確保と引き換えに失われた昭和・平成初期的な長屋型コミュニティの温もりは、超高齢化と孤立死が社会課題となる現代の日本や香港が直面する課題と見事に重なり合っています。