『古畑任三郎』の現場は、クリエイター陣の妥協なきプライドが激しくぶつかり合う真剣勝負の場でした。報道各社の取材データや関係者の回想録から、そのリアルな制作舞台裏が浮かび上がります。
主演の田村正和さんは、撮影現場に一切台本を持ち込まず、全てのセリフと共演者のセリフまで完璧に頭に入れてスタジオ入りすることで知られていました。田村さんの美意識は「古畑任三郎」というキャラクターの造形にも直結しており、黒のスーツを崩さず、食事シーンを極力作らない(食べても一口程度にする)、感情を露骨に爆発させないといった厳格なルールが存在したのです。
一方、脚本の三谷幸喜氏は、そうした田村さんの端正なパブリックイメージをあえて崩すようなコミカルなシチュエーションを脚本に盛り込もうとしました。この両者の緊張関係を巧みに調停し、映像としての最適なバランスに着地させたのが、プロデューサーの関口静夫氏と各話の演出陣でした。
例えば、第2シリーズの木村拓哉さんが犯人役を演じた「赤か、青か」では、古畑が犯人に手をあげるというシリーズ屈指の衝撃シーンが登場します。この演出を巡っては、「古畑は暴力を振るうべきではない」とする意見と「物語の必然性として感情の揺らぎを描くべき」とする演出陣の議論が重ねられ、最終的に田村正和さん自身の深い理解を得てあの伝説の名場面が誕生しました。