大沢あかねさんの生い立ちを紐解く上で欠かせないのが、複雑かつ過酷な家族の歩みです。公表されている家族構成と本人の手記によると、彼女は大阪府で母と本人の2人家族、一人っ子として育ちました。
衝撃的な事実として知られているのが、父親の存在です。大沢あかねさんが1歳になる前、実父は「銭湯へ行ってくる」と言い残して外出したまま忽然と姿を消し、以後二度と戻りませんでした。写真すら残されておらず、顔も記憶もないまま成長した彼女にとって、父親という概念は実生活の中に存在しなかったのです。2009年に母娘で上梓した自叙伝『母ひとり、娘(こ)ひとり』の中でも、母子二人三脚で生きてきた壮絶な歩みが生々しく綴られています。
そうした過酷な母子家庭を物心両面で温かく見守り続けたのが、母方の祖父である大沢啓二さんでした。プロ野球の南海ホークスなどで外野手として活躍し、引退後は日本ハムファイターズの監督としてリーグ優勝を果たすなど、球界のレジェンドとして君臨した豪傑です。父不在の環境で育つ幼いあかねさんに対し、啓二さんは決して過干渉になることなく、しかし必要な時には絶対的な防波堤となって愛情を注ぎ続けました。彼女にとって大沢親分は、尊敬する祖父であると同時に、人生で唯一「父親の温もり」を教えてくれた存在だったのです。