行政区画としては鹿児島県鹿児島郡十島村に属する悪石島(あくせきじま)。周囲約13km、最高峰の御岳(標高584m)がそびえるこの火山島の名について、郷土史資料や民俗調査では主に3つの有力な仮説が語り継がれています。
説1:断崖絶壁と荒波が拒む「険しい石の島」説
言語学的・地形学的なアプローチにおいて最も説得力を持つのが、古語における「悪(あく)」の用法です。古代から中世の日本語において、「悪」という文字は単なる善悪の「Evil」ではなく、「猛々しい、険悪な、並外れて強い」といった意味合いで用いられていました(平安末期の武将・悪源太義平などの用例と同様です)。
悪石島は周囲を急峻な海食崖と無数の岩礁(リーフ)に囲まれており、近代的な港湾設備が整う前は、船を寄せることすら命がけの難所でした。「海から見ると見事なまでに悪路・悪礁が連なる険しい石の島」という意味から「悪石島」と呼ばれるようになったという地勢由来の解釈は、多くの地理学者・郷土史家が支持しています。
説2:平家の落人が仕掛けた「心理的防衛・目眩まし」説
歴史ロマンとともに島民の間で深く信じられているのが、平家の落人伝説に端を発する命名説です。1185年の壇ノ浦の戦いで敗れた平資盛らの一統が、黒潮に乗ってトカラ列島へと落ち延びてきた際、追討を狙う源氏の追手を退ける必要がありました。
追手が遠方から島を探索した際、「この島は悪霊や毒石が祟る恐ろしい場所だ」「近づけば災いが降りかかる悪石の島である」と見せかけて上陸を諦めさせるため、意図的に不気味な漢字を当てて防衛壁としたと伝えられています。後述する島内の史跡「平家陣」や平家の墓の存在が、この説の信憑性を今に補強しています。
説3:火山島特有の巨石信仰とアニミズム説
悪石島は現在も地熱活動が盛んな火山島であり、海岸部には温泉が湧き出し、山中には巨石や奇岩が点在しています。太古の人々が、人智を超えた自然の猛威や火山のエネルギーを「荒ぶる神(悪神)」の宿る石として恐れ敬い、神聖視した名残が地名として定着したという民俗宗教的な見解も存在します。