「谷根千」の読み方は「やねせん」です。東京都台東区に位置する「谷中(やなか)」、文京区に属する「根津(ねづ)」および「千駄木(せんだぎ)」という隣接する3つの街の頭文字を組み合わせた造語となっています。
この呼び名の谷根千の由来は、1984年(昭和59年)に創刊された地域雑誌『谷中・根津・千駄木』に遡ります。地元出身の女性3名(森まゆみ氏ら)が、開発の波にさらされる故郷の歴史と日常を記録するために立ち上げたこのミニコミ誌が大きな反響を呼び、メディアを通じて全国的な知名度を獲得しました。行政が主導した都市再開発ブランドではなく、「住民主体の草の根の記録活動」から生まれた呼称である点が、この街の文化的アイデンティティを決定づけています。
地理的な特徴として、山手線の内側でありながら奇跡的に大規模な戦災を免れた経緯があります。江戸の風情を伝える寺町である谷中、夏目漱石や森鴎外といった文豪が居を構えた文教地区の千駄木、そして下町の商業と信仰が息づく根津。それぞれ異なる行政区(台東区と文京区)にまたがりながらも、地続きの歴史と文化を共有する稀有なエリアです。