赤ちゃんの命名やペンネームを検討する際、ネット掲示板や知恵袋などで頻繁に見かけるのが「椿を名前に使うのは縁起が悪い」「名付けに避けるべき不吉な漢字」という言説です。この忌避感はどこから生じ、どの程度信憑性があるのでしょうか。
名付けを不安視する人々の論拠は、ほぼ例外なく「花が散るときに花びらごと丸ごとポロリと落ちる様が、人間の打ち首(斬首)を連想させるから」というものです。特に「江戸時代の武士階級は、首が落ちる不吉さを嫌って屋敷内に椿を決して植えなかった」というエピソードが、都市伝説のように語り継がれています。
しかし、近世の歴史資料や園芸史を客観的に検証すると、この「武士が嫌った」という説は明治時代以降に作られた俗説であることが判明しています。江戸時代初期、二代将軍・徳川秀忠をはじめとする武家上層部は熱狂的な椿ブームに沸き、江戸城内や各大名屋敷には競うように椿が植樹されていました。寛永年間には多くの椿品種が作出され、武士が椿を不吉がるどころか、誇り高い家格の象徴として愛でていた明確な記録が数多く残されています。
そもそも日本最古の歌集『万葉集』の時代から、ツバキは冬でも青々とした艶やかな葉を茂らせることから「神聖な木」「邪気を祓う霊木」として尊ばれてきました。貴族社会でも椿の木で作った杖(椿杖)を正月に献上して長寿を祈願する風習が存在していました。「首が落ちる」という連想は、幕末から明治にかけて死生観が変化する中で後付けされたネガティブキャンペーンに過ぎません。