栗よりうまい十三里の真相とは?江戸の洒落と川越芋の歴史を徹底解剖

栗よりうまい十三里の真相とは?江戸の洒落と川越芋の歴史を徹底解剖

栗よりうまい十三里の真相とは?江戸の洒落と川越芋の歴史を徹底解剖についての疑問解決ガイドをお届けします。

「栗よりうまい十三里」というフレーズの核心にあるのは、江戸町民が好んだ数学的な言葉遊び(地口)です。この言葉を分解すると、驚くほど綿密に計算された広告コピーの構造が浮き彫りになります。

当時、秋の味覚として圧倒的な人気を誇っていたのが「栗」でした。栗を数字の「九里」に見立て、そこに「より」を「四里」と掛けて足し算を行います。つまり、「九里(くり) + 四里(より) = 十三里(じゅうさんり)」という等式を成立させ、「栗を食べるよりもうまい」という最上級の賛辞を焼き芋に与えたのです。

寛政年間(1789〜1801年)の江戸では、冬場の庶民の軽食として焼き芋屋が大繁盛していました。砂糖が極めて貴重だった当時、じっくり蒸し焼きにすることで自然な甘味を引き出したサツマイモは、子どもや女性を中心に熱狂的な支持を集めました。そこに「十三里」という頓智の利いたネーミングが加わったことで、口コミは瞬く間に江戸全域へと広がっていきました。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。