購入したばかりのペーパーナイフを指先でなぞり、「まったく刃がついていないけれど、これで切れるのか?」と驚く文房具ビギナーは少なくありません。しかし、それこそがこの道具の本質です。
そもそもペーパーナイフの刃がない理由は、内部の重要な信書や証明書を傷つけないための安全構造にあります。カッターナイフのような鋭利な両刃や片刃をつけてしまうと、隙間に入れた際に中の便箋まで真っ二つに両断してしまう事故が避けられません。刃先をあえて丸く钝工(どんこう)に仕上げることで、二つ折りにされた紙の折り目という「最も強度が脆弱な線」に沿ってのみ圧力を集中させ、中身を滑らせて弾きながら、封筒の外皮だけを裂開させることができるのです。
この理屈は、レターオープナーとの決定的な違いを比較するとさらに明白になります。
一般的なプラスチック製レターオープナーは、内部に小さなカミソリ刃が仕込まれており、スリットに差し込んだ紙の端を数ミリ単位で「削り落とす」構造をとっています。極めて手軽で均一に開封できる半面、細長い紙ゴミ(裁断くず)が発生し、内部の手紙が端に寄っていた場合に内容物ごと切断してしまうリスクを孕みます。対してペーパーナイフは、紙ゴミを一切出さず、封筒の折り目を押し広げて割るため、中身を損なう心配がありません。
さらに歴史的な視点に目を向ければ、アンカット本の切り方と使い方という古典的な用途に行き着きます。19世紀から20世紀半ばのヨーロッパで普及した「フランス装」などの未裁断本(アンカット本)は、袋状につながった頁の天地を読者自らがペーパーナイフで切り拓きながら読み進める文化を持っていました。薄い洋紙を破断させずに折り目のみを真っ直ぐ裂くためには、カッターの切れ味ではなく、適度な厚みと滑らかさを持つペーパーナイフの「鈍い刃」が不可欠だったのです。