「今太閤」と称され、庶民派の叩き上げとして圧倒的な人気を誇ったのが田中角栄だ。1972年に内閣総理大臣に就任すると、『日本列島改造論』を掲げて全国に新幹線や高速道路を整備。地方の近代化を力強く推し進めた。さらに、米国の反対を押し切って行った日中国交正常化は、東アジアの地政学を一変させる歴史的快挙となった。
しかし、光が強ければ影も濃い。巨額の資金を背景とした派閥政治と公共事業の分配構造は、やがて「金権政治」として批判を浴びることになる。ロッキード事件による現職前首相の逮捕は、日本中に強烈な衝撃を与えた。
それでも田中が自民党内に残した「田中派」の系譜は、竹下登や小沢一郎らへと受け継がれ、長きにわたって永田町の黒幕として君臨し続けた。政策推進力と政治資金の透明性という二律背反するテーマは、この時代に決定的な宿題として残されたのだった。