樋口季一郎は1888年(明治21年)、兵庫県淡路島(現・南あわじ市)の旧家に生まれました。陸軍士官学校・陸軍大学校を優秀な成績で卒業後、ロシア語の卓越した語学力を買われてロシア・ウラジオストクやハルビン、ポーランド駐在武官などを歴任した「ロシア・ソ連情報のエキスパート(インテリジェンス・オフィサー)」としての経歴を持つ陸軍中将です。
樋口を語る上で欠かせないのが、「人道主義者としての側面」と「極めて現実的かつ冷徹な戦略家としての側面」の二面性です。ヨーロッパ駐在時に肌で感じたユダヤ民族の苦難と国際情勢への深い洞察は、のちのハルビン特務機関長時代におけるユダヤ難民救出劇へと直結しました。さらに太平洋戦争終盤、第5方面軍司令官として北方防空・防衛の最高責任者を務めた際には、緻密な情報分析に基づいて部隊を統率し、米ソ両軍の圧迫から日本本土を守り抜きました。
軍の官僚主義や同盟国ドイツへの政治的配慮に縛られることなく、「人道」と「国家防衛の正当性」を最優先に据えて即座に行動へ移したその決断力は、組織マネジメントの観点からも稀有なリーダーシップの一例として語り継がれています。