「夏草や兵どもが夢の跡」を語る上で欠かせないのが、唐代の大詩人・杜甫の代表作『春望』との関連性です。
芭蕉は平泉の段の前文で、杜甫の「国破れて山河あり、城春にして草木深し」という名句を直接引き合いに出しています。杜甫は安史の乱で荒廃した都・長安の姿を見て、国家が滅亡しても自然の山河は変わらず春を迎える不条理を詠みました。
芭蕉はこの杜甫の視座を完全に血肉化し、平泉の地に当てはめました。長安の春が「草木深し」であったのに対し、平泉の初夏は「夏草」が生い茂っています。漢詩の壮大な宇宙観と日本のわび・さびの美意識が結合し、「歴史の激動によって人間社会は滅びても、夏草は変わらず毎年青々と生い茂る」という永遠と刹那の対比が完成したのです。