事件の発覚は1997年3月19日夕方、渋谷区円山町にあった木造アパート「喜寿荘」の1階空室でのことだった。アパートのオーナーであるネパール料理店の店長が部屋の異変に気づき、警察へ通報。室内で発見された女性遺体は首を絞められたことによる窒息死(扼殺)と断定された。推定死亡日時は3月8日深夜から9日未明にかけてとされた。
被害者のバッグからは現金や携帯電話が持ち去られていたものの、被害者が克明に記録していた「客ノート(金銭出納帳)」が残されていた。そこには相手の身体的特徴、日時、受取金額(主に1回2万円から4万円)が几帳面な筆致で記録されており、彼女が毎夜のように円山町に通い詰めていた過酷な実態が浮き彫りになった。
現場となったアパートの隣室に住んでいたのが、当時不法残留状態にあったネパール人男性のマイナリ・ゴビンダ・プラサド氏だった。警視庁は被害者の定期券が近くのビルから発見されたことや、現場からゴビンダ氏の体毛が採取されたことなどを理由に同年5月20日に殺人・強盗殺人容疑で再逮捕した。しかし、これが長い冤罪劇の始まりに過ぎなかった。