インターネット上の掲示板やSNSでは、今なお「墓の入り口に『ファラオの安寧を乱す者に死の翼が触れる』という碑文が刻まれていた」という話が事実として拡散されています。しかし、これは当時のジャーナリストや小説家による創作であることが判明しています。
古代エジプトの実際の呪術碑文は、墓荒らしを威嚇するための法的な警告文に近い性質を持っていました。例えば「神々が我が侵入者を裁くであろう」「神殿の神官の地位を剥奪される」といった現実的・宗教的制裁が主であり、映画に出てくるような劇的な呪文がツタンカーメンの墓室に刻まれていた証拠はありません。
さらに決定的な事実は、主犯格と見なされるべき発掘リーダーのハワード・カーター自身の生涯です。彼は王墓の開封から玄室の調査、ミイラの解剖まで最も長く遺体や遺物と直接接触し続けましたが、呪いで急死することなく、発掘から17年後の1939年に64歳でリンパ腫により逝去しました。呪いが仮に存在するならば、最重要ターゲットであるカーターが長寿を保った説明がつきません。