俵屋吉富の原点は、江戸中期の宝暦五年(1755年)にまで遡ります。初代留吉が京都の上京の地で菓子づくりを始めて以来、激動の幕末や戦火をくぐり抜け、九代にわたって一子相伝の技と暖簾を守り抜いてきました。同店が掲げる家訓「菓心求道(かしんきゅうどう)」とは、ただ甘い菓子をつくるのではなく、菓子を通じて美と心を極め、人の心に響く表現を追い求めるという揺るぎない理念です。
京都御所や相国寺、同志社大学などにほど近い上京区室町は、古くから文化人や茶人が集い、厳しい審美眼が育まれてきた土地柄です。茶席で供される季節の生菓子をはじめ、京都の五山送り火を表現した意匠棹菓子、四季折々の風情を凝縮した干菓子 詰め合わせに至るまで、同店の菓子は常に京の年中行事や自然の移ろいと密接に結びついています。単なる伝統の踏襲にとどまらず、時代の嗜好を繊細に汲み取る柔軟性こそが、270年を超える長きにわたり名声が色褪せない根本的な理由といえます。