警察沙汰としての不祥事がシロであったとしても、赤西仁が長年「テレビ業界から干された」「芸能界を追放された」と見なされてきた事実は否定できません。業界内で彼が激しいペナルティを受ける契機となったのは、犯罪行為ではなく旧ジャニーズ事務所の鉄の掟に対する「度重なる逸脱」でした。
最初の摩擦は、2006年3月にKAT-TUNが『Real Face』で華々しくメジャーデビューした直後、わずか7か月後の10月に発表された語学留学による芸能活動休業でした。人気絶頂期での突然の休業発表は業界内外に激震を走らせました。当時の会見で本人は「以前から語学を学びたかった」と語ったものの、徹底した管理体制のもとでトップアイドルを量産してきた事務所上層部との間に、活動方針をめぐる深い溝が生まれた瞬間でもありました。
半年後に復帰したものの、グループの枠組みに収まりきらない音楽的野心は留まることを知らず、2010年夏にKAT-TUNを正式に脱退します。脱退理由として語られたのは「音楽性の違いと海外志向」でした。協調性を重んじるグループアイドルのあり方と、自ら英語で作詞・作曲を手がけ全米ツアーを目指すソロ志向との両立は、当時の組織構造では不可能に近かったのです。
決定打となったのが、2012年2月に世間を震撼させた女優・黒木メイサとの事後報告による電撃結婚です。トップタレント同士の結婚でありながら、所属事務所の経営陣へ事前に筋を通さず、婚姻届を提出した後に報告するという前代未聞の行動に出ました。これに激怒した事務所側は、懲罰として以下のような極めて重いペナルティを課しました。
- 全国アリーナツアー(全国5都市)の全面中止:会場キャンセル料や損害賠償の一部を赤西側が負担。
- 主演予定だったフジテレビ系連続ドラマ『GTO』の降板:内定していた主演の座を剥奪され、事実上の謹慎処分。
- ファンクラブ新規入会の凍結とメディア露出の停止:地上波露出を事実上ゼロにする兵糧攻め。
組織の統制を何よりも重んじた当時のジャニーズ事務所において、事後報告結婚は明白な反逆行為とみなされました。2014年2月末、契約満了に伴い事務所を退所した経緯の根底には、度重なるスタンドプレーによって既存の芸能秩序から完全に排斥されたという、冷酷な力学が働いていたのです。