なぜ、これほど異常な教育機関が長年にわたって存続し、むしろ一部の親たちから歓迎すらされていたのか。その理由は、当時の日本社会が抱えていた「ツッパリ」「非行」への過剰な恐怖心にある。校内暴力が吹き荒れた時代、手に負えなくなった子どもを「叩き直してくれる場所」として、日生学園は最後の砦とみなされていた。
メディアもまた、このスパルタ教育を「愛の鞭」として美化して報じる傾向があった。社会全体が「力による支配」を容認し、むしろそれを美徳とする空気があったからこそ、学校側は暴走を続けることができたのだ。被害者を生み出したのは、学校関係者だけではない。見て見ぬふりをした社会全体が共犯者だったと言える。