自叙伝の反響冷めやらぬ2010年代初頭、後藤氏は日本を離れ、東南アジアのカンボジアへ移住しました。日本国内での暴排条例強化や警察当局の監視を逃れる側面もありましたが、現地では瞬く間に有力な外国人投資家・実業家としての地位を確立していきます。
首都プノンペンを拠点に、大規模な養鶏場やマンゴー・パイナップル農園の経営、リゾートホテル開発、不動産投資などを次々と展開。現地財閥や政府高官との太いパイプを構築し、カンボジア国籍を取得しました。さらに、多額の国家貢献を行った人物にのみ国王から授与される最高位の民間称号「オクニャ(Oknha / 爵位)」を拝命するに至ります。
現地における後藤忠政の慈善活動は目覚ましく、私財を投じて農村部に小学校や橋を建設し、医療用救急車の寄贈や仏教寺院の修復、安全な井戸の掘削支援などを精力的に継続しました。現地住民からは「学校を建ててくれた日本の篤志家」として深く尊敬を集める一方、その資金源となった後藤忠政の資産については、全盛期からのプール資金やJAL株売却益を含め「数百億円規模に達するのではないか」と常に囁かれていました。